福岡高等裁判所 昭和28年(ネ)149号・昭28年(ネ)148号 判決
第一審原告 吉橋広貴
第一審被告 近藤道之助 外二名
一、主 文
第一審原告の控訴を棄却する。
第一審原告の損害金に関する請求(当審拡張部分)を棄却する。
原判決中第一審被告近藤道之助に関する部分を取り消す。
第一審原告の第一審被告近藤道之助に対する請求を棄却する。
訴訟費用中第一審原告の控訴により生じた部分及び第一、二審を通じ、第一審原告と第一審被告近藤道之助との間に生じた部分は、第一審原告の負担とする。
二、事 実
第一審原告訴訟代理人は、原判決中第一審原告敗訴の部分を取り消す、第一審被告上野長年、同田中正之は連帯して第一審原告に対し金四十五万円及びこれに対する昭和二十六年六月二十一日より完済に至るまで年六分の割合による損害金を支払え(損害金に関する請求は当審拡張部分)、訴訟の総費用は、右第一審被告両名の連帯負担とする、との判決並びに第一審被告近藤道之助の控訴を棄却する、訴訟の総費用は同被告の負担とする、との判決を求め、第一審被告近藤道之助訴訟代理人は、主文第三、四項同旨及び訴訟費用は第一、二審共第一審原告の負担とする、との判決を求め、第一審被告田中正之は、主文第一、二項同旨の判決を求めた。
当事者双方の事実上の主張並びに証拠の提出、援用、認否は、第一審原告訴訟代理人において、第一審被告上野長年、同田中正之は、本件代金債務の最終弁済期である昭和二十六年六月二十日の経過と共に遅滞に附せられたものであるから、右両名に対し、本件元金債務の外、昭和二十六年六月二十一日より完済に至るまで年六分の割合による遅延損害金の支払を併せ、求める、と述べ、当審証人浅田学、中村末春、島田成義、田川勝人、岡川貞喜の各証言を援用し、第一審被告近藤道之助訴訟代理人において、当審証人益田織重の証言を援用した外、それぞれ原判決事実摘示のとおりであるから、ここにこれを引用する(但し、原判決書二枚目七行目に「金二十万円」とあるのは、「金十万円」の誤記と認めるので、そのように訂正する)。
三、理 由
本件畳表売買において、その買主が訴外木村産業株式会社(以下「木村産業」と略称する)であることは当事者間に争がない。第一審被告等は、右売買における売主は第一審原告ではなく、訴外熊本県八代郡竜峰村農業協同組合(以下「竜峰農協」と略称する)である、と争うけれども、原審証人田川義治、田川勝人(第二回)、浦川金助、森田秋吉、岡川貞喜の各証言の一部及び原審における第一審原告本人尋問の結果の一部を綜合すれば昭和二十三年七月頃訴外田川義治より当時熊本県八代郡竜峰村々長で竜峰農協会長を兼ねていた訴外岡川貞喜に対し、訴外木村産業において取扱うことになつた北海道向畳表の出荷方について相談があつたが、同農協としては、当時この方面の仕事を取扱つていないし、又同村には生産力もなかつたので、訴外岡川において、同郡千丁村方面より出荷する者を斡旋することとし、同村居住の第一審原告外数名に右出荷方を勧誘した結果、同原告等は同村内の生産者より畳表を集荷し、それぞれ売主として訴外木村産業にこれを出荷した一部が第一審原告関係の本件取引であり、竜峰農協自体としては右取引に何等の関係がなかつた事実を認めることができるのであつて、原審証人岡川貞喜の証言及び原審における第一審被告三名、原審相被告木村勝馬各本人尋問の各結果中右認定に添わない部分は信用し難く他に右認定を左右するに足る証拠はない。
次に本件売買の取引内容を調べてみると、原審証人岡川貞喜、田川義治の各証言の一部、及び原審における第一審原告本人尋問の結果の一部に弁論の全趣旨を綜合すれば、第一審原告が前段認定のいきさつで訴外木村産業に売渡した畳表は、麻糸引通し一枚当り金三百五十円で二千三百八十枚、麻糸飛込一枚当り金三百二十円で千六百四十枚、代金総額金百三十五万七千八百円、現品の北海道着荷と同時に右代金を支払う約定で、右現品はおそくとも昭和二十三年八、九月頃北海道に着荷したことが認められる。そして昭和二十五年七月二十八日までの間に、前記代金中七十万円の支払があつたことは、第一審原告の自認するところであるから、同日現在における訴外木村産業の第一審原告に対する本件売買代金債務の残額は金六十五万七千八百円であるといわねばならない。
第一審被告等は、訴外木村産業の本件売買代金債務は、既に昭和二十四年二月中熊本県より同訴外会社に割当て配給された畳表用麻縫糸二万枚分を以てする代物弁済によつて完済された旨抗争するけれども、右代物弁済の事実を認めるに足る証拠はないので、第一審被告等のこの点に関する抗弁は採用の限りでない。
次に成立に争のない甲第一号証の記載に後段認定の各事実を綜合すれば、訴外木村産業は第一審原告に対する前記残代金債務六十五万七千八百円の支払ができなかつたため、昭和二十五年七月二十八日熊本県八代地区警察署において関係者交渉の結果、右甲第一号証による示談契約が成立したこと及びその示談契約の内容は第一審原告において前記残代金を金四十五万円に減額すると共に、訴外木村産業の代表者たる訴外木村勝馬が主たる債務者となり、第一審被告三名が連帯保証人として、右四十五万円につき昭和二十五年十月二十日まで金十万円、同年十二月二十日まで金十万円、昭和二十六年一月二十日まで金十万円、同年四月二十日まで金十万円、同年六月二十日まで金五万円をそれぞれ分割して支払う約束であつたことを認めるに充分であつて、従つて訴外木村産業の前記残代金債務は、右示談契約によつて、その要素を変更し、第一審原告に対する金四十五万円の債務につき、訴外木村勝馬は主たる債務者として、第一審被告三名は連帯保証人として、前記の如く、これを分割して支払うべき義務を負担するに至つたわけである。
ところで、第一審被告等は、前記甲第一号証による同被告等の連帯保証契約は、八代地区警察署中村刑事等の強迫によつて成立したものであるから、本訴において取消の意思表示をする、と抗争するので、この点について判断する。前掲甲第一号証の記載に原審証人田川勝人(第一、二回)、田川義治、岡川貞喜、浦川金助、森田秋吉の各証言の一部、当審証人島田成義、益田織重の各証言、原審並びに当審証人中村末春、浅田学の各証言の一部、原審における第一審原被告、原審相被告木村勝馬各本人尋問の結果の一部を綜合して仔細に検討すれば、訴外木村産業においては、第一審原告に対する前記売買代金残額六十五万七千八百円の支払ができなかつた外、同原告と同様の立場で畳表を出荷した訴外森田秋吉、浦川金助、中田某等に対する畳表代金が未払であつたため、右訴外浦川の告訴により木村産業代表者たる訴外木村勝馬は詐欺の容疑で、昭和二十五年七月頃東京都品川警察署において逮捕され、同月二十七日頃八代地区警察署に連行、留置の上、同署中村刑事、浅田捜査主任より訴外木村産業に対する前段認定の畳表出荷の件全般について取調を受けたが、第一審原告及び前記訴外浦川等においては、代金の支払さえ受ければ、円満に解決したい意向であつたし、事件そのものも刑事事件として成立するかどうかが不明であつたので、中村刑事、浅田捜査主任等はこれを民事的に解決する外はないとし、翌二十八日訴外木村の供述に関係者として顕われた第一審被告三名の外、第一審原告、訴外森田秋吉、浦川金助、中田某、仲介人側の訴外岡川貞喜、田川勝人、田川義治等関係者一同を同署に召喚し、同日午前九時頃、から同日午後六時頃まで、第一審被告等三名について一応の取調をなした上、訴外田川勝人を介して示談を勧めたが、同被告等は、前記麻糸二万枚分の代物弁済により、出荷分の残代金は完済されていると主張して容易に譲らず、このようにして折衝すること深更に及び、第一審被告等初め関係者等は、浅田主任等に対し、一応帰宅の許可を求めたが、この問題が解決しなければ帰れない、とのことで許されず、この間恰も第一審被告等三名が訴外木村産業のチケツトを利用し、これに便乗して畳表を北海道に送付売捌いたことが臨時物資需給調整法違反に該当するとして、中村刑事、浅田主任等は第一審被告田中、同上野に対し、示談解決に応じなければ、同被告等の右闇取引を摘発留置する旨くり返し、暗示し、且つ示談契約証に押印すれば、訴外木村を釈放するというので、同被告両名は、前記統制違反に問われて処罰を受けることを恐れる余り且つ訴外木村が釈放になれば、同人が支払うであろうと考え余儀なく、甲第一号証の示談契約証に連帯保証人として押印したこと、又第一審被告近藤も、中村刑事等より第一審被告田中、上野と殆んど同様の情況下において示談解決を強硬に迫られ且つ中村刑事等より前記のような暗示を受けたため、事件解決の延引が自己の前記統制違反行為に波及するのを恐れ、訴外木村の早期釈放を願う余り、これ又甲第一号証に連帯保証人として押印したものであること、そして結局示談が成立して甲第一号証の契約証ができたのは、翌二十九日午前三時頃のことで、右契約証完成後直ちに訴外木村は釈放され、関係者等は当夜一睡もしないで、午前五時頃漸く解放され帰宅したことを認めるに充分であつて、前掲各証人(当審証人島田成義、益田織重を除く)の各証言及び第一審原告本人尋問の結果並びに当審証人田川勝人の証言中右認定に牴触する部分は、いずれもたやすく信用し難く、その他右認定を左右するに足る証拠はない。尤も原審において第一審被告近藤は、中村刑事等より自己の統制違反行為について摘発留置する旨直接脅かされたことはない、と供述しているけれども、右は中村刑事等より前記闇取引摘発に関する暗示のあつたことをも否定する趣旨でないことが窺われるので、右供述は前記認定を妨げるものではない。そして以上認定の諸事実に徴すれば、中村刑事、浅田主任等が本件畳表出荷事件について、これを民事的に解決すべく、関係者一同を召喚し、その帰宅を許さないで、殆んど夜を徹して、強硬に示談解決を迫り、その間第一審被告等に対し、その統制違反行為を摘発留置する旨暗示して、本件甲第一号証を作成させたのは、警察権本来の責務を逸脱する不当の措置という外なく、第一審被告三名がこのような情況下において、甲第一号証に連帯保証人として押印したのは、第三者である右中村刑事等の強迫に基く畏怖の結果と解するのが相当で、従つて右第一号証による連帯保証の意思表示が本訴において適法に取り消された以上、第一審被告等の本件連帯保証契約はその効力を失つたものというべきである。
よつて第一審原告の第一審被告三名に対する本訴請求は、その余の争点について判断するまでもなく、右の点において失当として排斥を免れないものというべく、従つて第一審原告の第一審被告田中、上野に対する本件控訴並びに損害金に関する請求の当審拡張部分は、これを棄却すべきであると共に、原判決が第一審被告近藤に対する第一審原告の本訴請求を認容したのは不当であるから、これを取り消して右請求を棄却することとし、民事訴訟法第九十五条、第九十六条、第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 川井立夫 藤井亮 天野清治)